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赤裸裸な気持ち



高校を卒業して金銭的に辛い生活を余儀なくされた私は進学することが出来ずにアルバイトで生計を立てる日々をすごしておりました。母一人子一人の女手一つで育てられた私は母に負担をかけることができず進学を断念したのです。アルバイト暮らしの中で発展場通いも覚えました。高校時代付き合っていた後輩との関係は終わっていましたが、男の人に抱かれることへの願望はますます強まっていたのです。
初めて訪れた発展場は新宿御苑にあった○カイジムというところでした。今はもうないようですね。以前通りかかった時、綺麗な建物に変わっておりましたし・・・その近辺にあった他の遊び場にもいきました。大番会館とかドーベルマングループのお店・・・池袋の陣屋、曙橋のチャオ、初台にあった発展場。紳士で渋い雰囲気の年配男性を見つけては抱かれていました。
お小遣いをいただいたり、お食事をご馳走になったりもしました。ウリセンもしました。プライベートでの私は、夕飯でお尻を掘らせる年配男性たちの性処理玩具でした。
十九歳のときには、サブか薔薇族の募集コーナーで知り合った六十近い男性と何度も私書箱を使った文通をし、千葉まで遊びに行ったときに初めてSMというものを味わいました。それまではお尻を掘られたり、いちゃいちゃキスしたりするような生温いセックスしかしらなかった私は大きな衝撃を受けました。大人の怖さと本物のセックスを思い知らされました。ですが、その頃セックスの本当の歓びも知ったのだと思います。
アルバイトでお金を溜めて十九歳で専門学校へ入学しました。苦学生でした。またお尻を使って稼いだりもしました。
二年後に無事卒業して就職したのですが、会社と反りが合わなかったようで二年で退職してしまいました。今思えば私の辛抱が足らなかったと反省しています。不況でもありましたし、私は無職の状態で途方に暮れていました。
高校時代の後輩で、別れたS.T.とは卒業後も時折会ってエッチもする関係を続けていました。そのS.T.は高校を卒業した後、いかがわしい仕事をしていましたし、いかがわしい人たちともつるんでいました。以前より狡猾な雰囲気になっていました。ですが私には頼れるあてがなくて・・・彼に相談したのです。そうしたら再就職までの間部屋に住んでいいと言ってくれて、私は一人暮らしをしていた彼の家に転がり込んだのです。

それは紛れもなく同棲でした。復縁でもありました。仕事を探すといいながらずるずるとS.T.との暮らしに慣れてしまいました。食べさせてもらっているかわりに掃除・洗濯・炊事のいっさいの家事はきちんとやっていました。母の負担になることは避けたかったので彼には本当に感謝しました。
毎日のように抱かれました。朝も昼も関係なく・・今では考えられない話ですけど、私の都合などおかまいなしでした。S.T.がしたいと言ったら絶対です。疲れていようと、気分が乗らなくとも、どんなに体調がすぐれなくても、股を開く約束でした。お口でご奉仕する約束でした。私の生活は全てS.T.が面倒見てくれていました(今もなのですけど www )。彼の羽振りがいいことも怖かったのですけど、そのことには怖くて口を挟めませんでした。
ですがそんな夢のような暮らしがいつまでも続くはずもくなく・・・私はS.T.ひとすじでしたし他の男性を求めたり発展場通いもしませんでした。素っ気なくて冷たい人ですけど、とても彼を愛していたのです。ですが同棲してしばらくしてエッチの頻度も減りました。毎日だったセックスは次第に週一になり・・・週一は隔週に・・・そして月に一度程度になりました。それも私の身体に飽きているので、心ない激しいSMや暴力的なセックスが増えていました。仕事でストレスが溜まるのはわかるのですけど、、私は憂さ晴らしの人形、八つ当たりの的でした。イライラしているS.T.のセックスは、やり場の無い怒りを私に叩き付けるようなセックスでした。怖くて何度も泣きました。でも・・彼は私が泣くと必ず優しくしてくれました。彼を恐れながらも彼に抱きしめられて眠ったあの頃を今でも愛おしく想います。。。

マンネリ化した性生活に飽き飽きしている彼の気持ちは分かっていましたし・・同棲して半年ほどで、熱々の関係はなくなっていました。。
セックスもSMばかりで、内容もエスカレートして、愛の行為とは思えない行為でした。愛されるというよりも私の存在は性欲の捌け口・・ストレスの捌け口でしかなかったのです。
打ち付けられる鞭の痛みは産まれて来たことへの天罰かと思う程痛いし、吐くほどおしっこも飲まされました。ロウソクの熱さでは私の反応が物足りなかったのでしょう・・犯されながらライターの炎をお尻に近づけられて絶叫するほどの熱さを味あわされました。乳首も千切れそうなほど噛み付かれましたし、お尻も歯形だらけになりました。
彼が帰宅するのが怖くてたまらない日もありました。彼と一緒にいる時間は、彼に愛想笑いをし、媚を売り、賛美の言葉とお世辞で常に気を遣いました。常に心は休まりませんでした。ですが、そんな彼でも、寝顔を見ていると愛おしくてたまらなくなる自分の気持ちが不思議でなりませんでした。別れたいと思うのに、別れを考えると涙が出て切り出せませんでした。
その後はますますエスカレートして・・彼はさらなる刺激を求めて第三者を交える行為にハマりました。始めは好奇心・興味本位だったのです。彼の友人という私の知らない男性を部屋に呼んでの行為でした。ハードなことをする時はSMホテルや見知らぬ男性の別荘にも連れて行かれました。
彼に責められる私の姿を見ず知らずの男の人に見られることの恥ずかしさ・・ある時は盗撮した私の排泄姿を部屋のテレビに映し出し、複数の男たちで笑い者にしたこともありました。思いつくことがいつも突拍子もなくて、、私の毎日はきがきでなかったのです。
ですが、どんな仕打ちをされても私は耐えられました。それは本当は彼が私のことを愛してくれていると思っていられたから・・・ですが、いつの頃からか彼の前で見ず知らずの男性の性処理をお口でさせられ、ついには彼の目の前で抱かれることまで。揚げ句の果てに彼が部屋を出ていき、見ず知らずの男性と二人きりで一晩を共にすることもありました。何人もの男性と肉体関係を持たされました。

S.T.のエスカレートするプレイは複数による陵辱にまで進展しました・・・エッチなしの普通の旅行と言って騙された私は、某別荘地で複数の男の人に犯されました。S.T.を含めた四人の男性と私の五人でのドライブ&一泊旅行・・・私の人生で一番の経験だと思います。やらしさという意味でも一番なのですけど、恐怖も悲しさも気持ち良さもすべて・・この時ほど自分が男性の玩具にされていると実感したことはございません。

S.T.以外はみな中年のおじさんばかりで、どんな繋がりの仲間なのかS.T.は教えてくれませんでした。背の高い痩せた眼鏡の男性。大柄で横柄な印象の男性。中肉中背で頭の毛の薄い男性。彼らも以前からの知り合いというわけではない様子でした。ですが、とても楽しいドライブでした・・・途中までは。
ドライブの途中で私は化粧をして(今も酷いのですが、当時はもっと雑で酷いお化粧でした)女になりました。覚えたての拙い女装でした。一度は女装で外出してみたいと思っていたのでワゴンでのドライブ旅行は絶好の機会でした。
楽しくお話しながら私もすぐに打ち解けて、途中のファミリーレストランで楽しくお話しました。お外にも出たことのない私・・・女装してお店に入るなんて初めての経験でした。本当にドキドキしました。私は四人の男性の影で小さくなっていました。店内には人も全然いなかったので気分は楽でした。自然公園のようなところや河原にも立ち寄りました。今思い出しても不思議なピクニックでした。みなチヤホヤしてくれるし、お姫様気分でした。初めて味わう類いの喜びでうかれていました。
ですが・・
日も陰り薄暗い夕方になって、ひと気のない山道、真っ暗なところで車は止まりました。私は言葉巧みに(海が近いから夕景を見ようと誘われて)林の中に連れ込まれました・・・怖かったです。にやけたおじさん達とS.T.の表情から、何かされることは明白でしたから。
怖いのに胸が妙にそわそわして・・・自分でも興奮しているのがわかりました。林の奥深く、林の隙間から海が見える、少しばかりスペースのあるところで男たちは立ち止まり、S.T.が私にストリップを強要したのです。
すごく焦りました・・・
S.T.はまだしも他の人は見ず知らずの会ったばかりの人たち・・・
脱げよ!
素っ裸になれ!
ケツ見せろ!
全員にコツかれ、急かされ、促されながら期待の目に迫られ、とても逆らえる状況ではありませんでした。拒否したら私は、その場で置き去りにされそうな勢いでした。

私は服を一枚一枚脱いでいき、パンツも脱いで全裸になりました。

そして命じられるまま・・・
大きく脚を開いてお尻を突き出し、大木に抱きつくような格好にさせられました。懐中電灯の明かりに照らされて、私はオールヌードでお尻をクネらせて踊りました。強制的なヌードショーでした。しなければS.T.に怒鳴られるのは明らかなんですもの。
林のなかに響くおじさんたちの笑い声が今も忘れられません・・・
その後は・・・
三人に囲まれて後頭部を押さえ付けるように冷たい土の上に跪かされてフェラチオ、フェラチオ、フェラチオ、フェラチオでした。我慢汁が溢れる苦いおちんちん・・前も後ろも横にもおちんちん。休む間もなく、くわえさせられました。土足で蹴られるお尻、土足で私の股間にブラさがるものを踏みつけられて、おちんちんの皮が少し擦り剥け、痛みと恥ずかしさ、悔しさに切なくなりながら・・顎が外れそうなほどしゃぶらされました。
そして当然・・・セックス、セックス、セックス。ただでさえ、たった一人を前後左右から三人がかりで押さえつけて容赦なく犯しました。S.T.まで加わり、私は身動き出来ないように取り押さえられて・・・たっぷりと・・・
何度も犯されているウチに馬鹿な私は観念し、その気になってしまって、悔しいのに男の人たちを喜ばせていました。
やりたい放題玩ばれました。けれど、、屋外のセックスに不思議なくらい興奮を感じていたのも確かでした。口に入った土の苦さとか、外の肌寒さ、土足で踏みつけられるととても痛いということを身を以て知りました。。。
数時間後、日はとっぷりと暮れて辺りは真っ暗になっていました。懐中電灯で足下を照らしながら車へと戻りました。満足した彼らは、車の中でとても優しくしてくれました。少しやりすぎたと思ったのでしょうか、、必要以上に私を気遣ってくださいました。
車は別荘のようなところに向かいました。どなたの別荘なのかはわかりませんが、こじんまりとした素敵なお家でした。シャワーを浴び、汚れた身体を清めてお酒を飲みながら皆で歓談しました。
ですが、エッチな話が盛り上がると、また男の人たちの雰囲気が微妙な空気を作りはじめました。男の人たちのやらしい目が私に向けられたのです・・・

再びメイクをするようにS.T.に命令されました。。。シャワーを浴び、お酒を飲み、夢見心地でそのまま眠りたい気分だったので、面倒に感じましたが、S.T.を怒らせることはとても怖いのと、男たちの期待を裏切れませんでした。私は洗面所を借りて、再びお化粧をしました。
お化粧はしましたが、一糸まとわぬオールヌード姿で男たちの前に立たされました。セックス地獄の後半戦スタートの合図でした。ビニールのようなものが敷かれた冷たいベッドに俯せに大の字で縛り付けられ、カエルの解剖のような格好にさせられて、じっくりお尻の穴を鑑賞されました。さきほどまで自分たちが弄んだ私のお尻の穴。舐められたり、優しく触れられたり、恥ずかしいのですが嫌な気はしませんでした。
そして私のお尻にロウソクが・・・執拗に垂らされる熱いロウソク・・・穴に垂らしてやれ!というS.T.の非情な一言に男の人たちは歓喜の声をあげて興奮していました。
お尻がガバッと全開に開かされて、お尻の穴が塞がるくらい、肛門にロウを垂らされました。部屋に響く私の汚い悲鳴と男の人たちの笑い声・・・私にとって部屋は惨劇の館になっていました。熱くて熱くて・・お尻の穴に針を刺されるかのような痛み・・・この人たちはみな地獄の鬼なのだと思いました。悲痛の叫びを訴えるほど喜ぶ冷酷な人たち・・・
ロウの後はそのロウを弾き飛ばす鞭の連打。臀部全体が揺れるほどの鈍痛。お尻が熱く火照って腫れ上がり、枯れそうなくらい涙を流したところで手足を解放されました。それは、それ以前に千葉の初老の男性からウケたSMよりもハードで辛いSMでした。土下座させられました。男の人たちの前で土下座をして忠誠の誓いをさせられ、体を使ってください!と心にもないことを言わされました。やらしい言葉もたくさん言わされました。
そして男の人ひとりひとりとのガチンコのセックスが始まりました。三人の男性との行為が終わる頃には外は明るくなってきていました・・・途中何度かウトウトしましたが、その度に起こされ、強制的に相手をさせられました。私は最後のおじさんをいかせた辺りで意識が朦朧としてそのまま寝てしまいました。どのくらい眠っていたのかは覚えておりません。
目が覚めたらS.T.とのセックスが待っていました。私が嬲られているのを見て興奮したのだと思います。比べ物にならないくらい熱いセックスでした・・・私のことを貪るような激しいセックスでした・・・おっぱいもお尻にも太腿にも歯形が残るほど噛み付かれました。私は大好きな男性にお尻を噛み付かれるのはとても好きなの。この時はお尻が歯形だらけになるくらい噛み付かれました。
帰る前に鏡を見たら、もう化粧は剥がれてマスカラで目元が汚れていて酷い有様でした。複数の男性との経験はこのあとも多々ありましたけど、屋外でこういうのはそれっきりですね、、お一人りの男性に連れ出されたことはございますけど、、、外と複数の男性という組み合わせが、今考えても恥ずかしくてたまらなくやらしくて懐かしく思います。


気になってくださったら成美の写真集も、よろしくね♥
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